自然のチカラに、驚いた日。|はじまり #02

タイの農園で、現地の方が目の前で折ってきた一本の枝。

半信半疑でその枝を噛んでみると、
薬を使っても治まらなかった歯ぐきの痛みが、少しずつ和らいでいきました。

「どうして、ただの枝で?」

あの時の驚きは、今でもはっきりと覚えています。

でも、本当に忘れられなかったのは、一本の枝ではありませんでした。

あの日、タイで見た景色と、そこで出会った人たち。

どうしてあの景色だけは、何年経った今でも心に残り続けているのか、
当時の私は、その理由をまだ知りませんでした。

“はじまり”の第一話で、

「何年も経って自分の人生を大きく変えることになるなんて、まったく思ってもいませんでした。」

……そんなお話をさせていただきました。

そのきっかけになったのは、学生時代に出会った一つの景色です。

父の仕事に同行する形で、何度かタイを訪れました。

あの日見た、あの景色。

その中でも、今なお忘れることのできない景色があります。

父の隣で見ていた世界。

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私は父の仕事に同行し、通訳としてタイを訪れていました。

父は仕事。

私は、その隣で通訳をする。

今思えば、本当に貴重な時間だったと思います。

でも当時の私は、「タイへ行ける。」そんな気持ちの方が少しだけ大きくて、父が何を見て、何を感じながら現地の人たちと話をしているのかまでは、深く考えていませんでした。

もちろん、

美容の仕事に就くことも、洗顔研究家になることも、まだ想像もしていなかった頃です。

タイへ行くたびに、父はいろいろな場所へ連れて行ってくれました。

職人さんが一本の大木から、家具や雑貨を一つひとつ手作業で作り上げる木彫りの村。

山奥にある泥の温泉。

そして、

広大なハーブ畑。

どれも日本では見たことのない景色ばかりで、

学生だった私には、それだけで十分わくわくする毎日でした。

父は現地の方と話をしながら、植物のことや、その土地の暮らしについて熱心に耳を傾けていました。

でも正直、

その頃の私は、父の話よりも、目の前に広がる景色ばかりを見ていました。

だからなのかもしれません。

何年経った今でも、不思議なくらい鮮明に思い出せる景色があります。

それが、あの “ハーブ畑” でした。

景色だけは、忘れられなかった。

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タイ北部にあるチェンマイ。

そこからさらに車を走らせ、山道を何時間も進んだ先に、あのハーブ畑はありました。

タイの陽射しは、日本の夏とは少し違いました。

照り返す熱で、遠くの地面がゆらゆらと揺れて見えます。

少し歩くだけで土ぼこりが舞い、立っているだけで汗が流れてくるほどでした。

地面は乾ききっていて、雨の気配なんて、どこにも感じません。

それなのに、そこに広がるハーブは、驚くほど力強く育っていました。

葉は濃く、茎はまっすぐ空へ向かって伸び、暑さに負ける様子もありません。

乾いた大地にしっかりと根を張り、

まるで、

「ここで生きることが当たり前。」

そう語りかけてくるような力強さがありました。

土はあんなにも乾いているのに、

ハーブだけは、少しもしおれることなく、生き生きとしていました。

そのハーブを見ているうちに、父がよく口にしていた

「大自然のチカラ」

という言葉が、ふと頭に浮かびました。

当時の私は、その言葉の意味を深く理解していたわけではありません。

でも、

「生きる力って、こういうことなんだ。」

そんなふうに感じるくらい、力強い緑だったことを覚えています。

まっすぐに空に伸びていくハーブをみて、衝撃はありましたが、
その時に思ったことは、「すごいな‥。」くらいだったと思います。

どうして、こんな場所で、こんなにも生き生きと育っているんだろう。

そんなことを考えることもなく、ただ、その鮮やかな緑に目を奪われていました。

父は、きっと私とは違う景色を見ていたのだと思います。

でもその頃の私は、その違いに気付くことはありませんでした。

あの日から何年経った今でも、私の心に一番強く残り続けているのは、
灼熱の陽射しのもとで力強く感じた、あの”ハーブ畑”なんです。

差し出された、1本の枝。

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そのハーブ畑で過ごす中で、忘れられない出来事がありました。

ある日の滞在中、歯ぐきが腫れてしまったんです。

一緒に時間を過ごしていたのは、ハーブを育てながら、その植物を暮らしの中で生かしている現地の方たちでした。

日本から持参していた薬を使っても、歯ぐきの腫れや痛みはなかなか治まりません。

そこで、世間話のつもりで、

「歯ぐきが腫れてしまって痛いんです。」

と話したんです。

すると、話を聞いていたタイの方が何も言わずに原付バイクへまたがり、そのまま走り去ってしまいました。

「……えっ?」

突然の出来事に、私はただ見送ることしかできませんでした。

どうしよう。

慣れない海外で、ハーブ畑の中に一人取り残されたような気持ちになって、頭の中は「?」でいっぱいです。

しばらくすると、その方は戻ってきました。

その手には、葉っぱがついた一本の枝。

今まさに、その場で折ってきたような枝でした。

そして、

私の顔を見るなり、その枝を差し出して、こう言ったんです。

「これを噛んでごらん。」

「え?これをですか?」

そう聞き返したことを覚えています。

日本で育った私にとって、歯ぐきが腫れたら薬を使う。

それが当たり前でした。

だから、

枝を噛むなんて、考えたこともありません。

半信半疑のまま、恐る恐る枝を噛んでみました。

特別な味がするわけでもなく、ただスルメを噛むように、黙々と噛み続けます。

五分ほど経った頃でしょうか。

「あれ……?」

さっきまで気になっていた痛みが、少し和らいだような気がしました。

もう一度、確かめるように口を動かしてみると、

「痛くない……。」

思わず、そう声が出ました。

正直、本当に驚きました。

薬でも和らがなかった痛みが、目の前で折ってきた一本の枝を噛んだだけで和らぐとは思っていなかったからです。

みんな知っていたこと。

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私が驚いていると、
その方は今度、枝についていた葉っぱを指差しました。

「お腹が痛い時は、こっちなんだよ。」

思わず、

「えっ?」

と聞き返してしまいました。

同じ植物なのに、枝と葉っぱで使い方が違う。

そんなこと、考えたこともありませんでした。

でも、もっと驚いたことがあります。

その方は、特別なことを話している様子がまったくなかったんです。

「知っていて当たり前。」

そんな表情で、ごく自然に話していました。
周りの人たちも同じです。

誰かが体調を気にすれば、近くにある植物を見て、

「あれがあるよ。」

と教えてくれる。

薬を探す前に、まず自然へ目を向ける。

私にとっては驚きだったその光景が、そこでは毎日の暮らしの一部でした。

そういえば、タイのショッピングモールへ行くと、ハーブを扱うお店が当たり前のように並び、ハーブでできたサプリメントも、あちこちで見かけました。

その頃は、

「タイではこういうものが人気なんだ。」

そんなふうに思っていただけでした。

でも、今思えばタイの人たちにとって植物は特別なものではなく、暮らしのすぐそばにある存在だったのかもしれません。

広大なハーブ畑。

力強く育つ植物。

自然とともに暮らす人たち。

何かあれば薬に頼ることが当たり前だった私にとって、
人と植物がこんなにも近い暮らしがあることを、初めて知った出来事でした。

あの時は、まだ分かりませんでした。

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タイで過ごした時間は、毎日が新しい発見の連続でした。

日本では見たことのない景色。

初めて触れる文化。

自然とともに暮らす人たち。

そのどれもが新鮮で、学生だった私には、とても刺激的な毎日でした。

でも正直に言うと、その頃の私はそれがどれほど特別な経験だったのか、よく分かっていませんでした。

「すごかったな。」
「楽しかったな。」

そんな楽しい思い出を胸に、日本へ帰ってきたんです。

あの頃の私にとって、美容といえば、化粧水や美容液、クリーム。

肌を整えるということは、何かを “与える” ことだと、どこかで当たり前のように思っていました。

だから、タイで見た景色も、ハーブも、あの一本の枝も、その時は一つひとつの思い出として心に残っていただけでした。

でも、

今振り返ると、あの旅で私が持ち帰ったものは、お土産だけではなかったように思います。

あの時の私は、うまく言葉にはできませんでしたが、

「何かを整えるって、何かを与えることだけじゃなくて、もっと大事なことがあるのかもしれない。」

そんな小さな問いだけは、心のどこかに残っていた気がしています。

その問いは、すぐに答えが見つかるものではありませんでした。

学校へ通い、友人と過ごし、いつもの毎日に戻るうちに、
タイでの出来事は少しずつ楽しかった思い出になっていきます。

それでも、ふとした瞬間に、あのハーブ畑を思い出すことがありました。

乾いた大地。灼熱の太陽。それでも力強く育つハーブ。

そして、

自然とともに暮らす人たち。

どうして、あの景色だけは忘れられないんだろう。

その理由は、まだ分かりませんでした。

でも、あの日タイで見たものは、私の心のどこかに、静かに残り続けていたんです。

あの日の小さな問いが、
何年も後になって私自身の考え方を大きく変えていくなんて。

当時の私はまだ気づいていませんでした。


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